第七話ながいながい交渉の1年 ③ -県の通路編-

 わずかにちょっとそのむかし、 あるところに人気の無い 通路 がありました。そこには、ほとんどが空き家になった長屋や骨組みだけになった廃屋が軒を連ねていました。友人に頼まれたわたしは、その一帯の立ち退き交渉を進めていました。(第5話第6話参照)

 いつものように空き家の調査をしていたわたしは、半年かけて漸くほとんどの家の持ち主を突き止めることができました。ところが、通路の持ち主が見つかりません。コの字形の通路は、誰のモノでもないと言うのです。もしやと思い調べると、県が所有する通路だったのです。これには困りました。県からその通路を払い下げてもらわなければなりません。しかもその通路には私が買い取る予定のない4軒の家も面しているのです。

 わたしはまず、県の財産管理課へ行きました。
「この地図の印のある通路なのですが、県の所有であることを知りまして。」
 わたしは、ひとしきり事情を説明し、その通路を譲って欲しいとお願いしました。
「あぁこの通路ですね!いやぁ、ここは県としても困っていた場所なんです。通路の奥に廃屋がありますでしょう。住人から苦情が出てまして。取り壊そうにも持ち主が見つからないんですよ。」
「あの家なら、持ち主を見つけましたよ。」
「え!見つけたんですか!?」
「古い住宅地図を入手しまして、そこから持ち主を突き止めました。立ち退き交渉も進めています。」
「素晴らしい。市からも対策を取れと言われたところなんですよ。」
「それは良かったです。では、あの通路を譲っいただけますね?」
「ええ、もちろんです。但し条件が2つあります。1つは他に買い手が無いこと。2つ目はこの通路に面している全ての住人が、あなたへの払い下げに同意することです。」
「あんな通路、誰も買いませんて!」
 わたしがその4軒と交渉しましょうと言っても、この業務は県が単独でしなければならないと言うのです。いつ終わるのかわかりません。それどころか、払い下げに同意してくれるかが問題です。書類上ではあるものの一度は目の前の通路がなくなってしまうのです。これには相当な信頼が必要です。話し方を間違えると拒まれてしまいます。

 わたしは独自にその4軒を訪ねました。そして通路の払い下げについて一つ一つ丁寧に説明しました。
「一度は県から通路を買い取りますが、工事中は通路を確保しますし、必ずそのまま無償で差し上げます。ご安心ください。」
「そういうことなら、いいですよ。奥の廃屋も無くなるのはありがたいです。物騒でしたから。」
「ありがとうございます。県の職員が来られた時には、どうぞよろしくお願いします。」
 こうして一軒一軒訪問し、信頼してもらいました。

 待つこと半年。ようやく県から返答がありました。幸い払い下げに反対する住人はありませんでした。
「県としても問題が片付き、とても助かりました。」
「解決して良かったです。では、あの通路を譲っていただけますね?」
「ええ。但し、タダでというわけにいきません。通路を 不動産鑑定 士に鑑定してもらいます。」
「やっぱりそうなりますか!?誰も買手がない土地ですよ。」
「まぁ、決まりですから。」
「それでしたら、腕のいい鑑定士がおりますよ。」
「いえ、これもこちらでやらないといけませんので。」
「高いこと言わんといてくださいよ。」

 待つことさらに2ヶ月、不動産鑑定士から存外な金額が提示されました。タダ同然の通路が大化けです。この頃には他の全ての家と立ち退き交渉が成立していました。中には支払いが終わっている家もあり、今更引き下がれません。交渉の余地はなく全額支払いました。高い買い物になりましたが、これですべての契約が成立です。

 思えば1年あまり前に、友人が所有する古い長屋の一軒を売ってほしいという話だったのに(第5話参照)、買い手がつくどころか同じように長屋を売ってほしいと言われる始末。それならとその一帯を買い取ろうと閃き、一軒一軒立ち退き交渉に。いざ調査すると持ち主が見つからない空き家が多数あり、探偵さながらの聞き込みをする羽目になりました。(第6話参照)ようやく買い取りの目処が経った頃、通路が公共物だと判明。県との交渉でも工夫を凝らし、時間もずいぶん費やしましたが、ようやく終わりました。

 大仕事を終えたわたしは、数年ぶりに妻と海外旅行へ来ました。わたしの友人が所属する 劇団維新派 の観劇を兼ねて台湾に来ました。観劇後に訪れた屋台が快適です。
「今日のビールは格別やわぁ。舞台も素晴らしかったし、仕事もやっと終わったし。」
「今回の仕事、大変やったもんね。」
「ほんまに大変やったわ。空き家は国が何とかせなあかんよ。大手にはあの土地は小さ過ぎた。」
「あなたにしかできない仕事やったんちゃう」
「かもしれんね。あぁ〜疲れた。」

〜県の通路編〜 おわり